なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

あまいラブレター

先週一週間分の日記を、30分くらいかけて書いたのに、保存する前に消えてしまった。何なんだ、チクショー。腹がたつから全然違うことを書くことにする。

今朝は起きたら、まだ電気がついていた。電灯とラジオをつけたまま寝る癖は子どもの頃からでいっこうに直らない。布団のそばのスタンドライトは枕元を煌々と照らし、眼鏡はあちらの方角に放り出され、本はひろがったまま、栞は身体の下で半分に折れている。冬ならライトを消してあと2時間は寝るけれど、5月の午前5時はもう充分に明るくて、裏の寺の小僧がつく鐘の音も曇天に響いて、もう寝る気がしなくなった。珈琲を淹れて、夜中に読んでいた本の続きを読んだ。

映画『バードマン』を観て、レイモンド・カーヴァーを読みたくなった人、きっといるような気がするけれど、わたしもそうで、全集の2巻と3巻、『愛について語るときに我々の語ること』と『大聖堂』をがっつり、読み直してしまった。

思ったこと。高校生のときに京阪丹波橋駅前の本屋で中公文庫を買ってから、もう何度読んだか数えきれないけれど、『ぼくが電話をかけている場所』は、本当に素晴らしい一篇だ。大人になって読むと、その凄みがしみじみわかる。いずれ自分もカーヴァー本人や、小説の登場人物たちのように、自分の人生を持てあまし、扱いきれなくなって、アルコールの闇の中に逃げていくのではないかと思ったこともあったし、今も思っている。でも、『ぼくが電話をかけている場所』には、落ちてしまったところからしか見えない希望のようなものが描かれている。井戸の底で区切られた青空を眺めるみたいに。どん底で見上げる空から注ぐ光が、どれほど目にしみるか。
カーヴァーの小説では、愛はもう「今」「ここ」にはない。それはいつも、語られるものであり、思い出されるものであり、後悔するものであり、手繰り寄せては手からこぼれ落ちるものである。自分ひとりの身体の中に、抱え込んでいるものである。

昨日は、京都に行って、勧業会館とホホホ座で、よい古本をたくさん買った。探していたものもあった。夕方、岡崎をフラフラ散歩していたら、京都市美術館の前庭で〈中上健次ナイト〉というものがはじまって、やなぎみわの移動舞台車が出ていたので、観に行った。移動舞台車、前から観たかったのだ。中上健次のことは、あまりよく知らなくて、「枯木灘」は読んだけどしんどくて、「赤い髪の女」は好きで2回観たけど、それくらい。最初の朗読と唄と演奏みたいなよくわからない出し物をぼんやり観ながら、デコトラみたいな移動車の上を、鳶のような鳥が2羽ほど昏い空にむかって飛んで行くことのほうが、何となく中上健次っぽいような気もした。よく知らないけれど。
中上健次といえば、数年前乗ったタクシーの運転手が、大阪の街はようわかりませんわ、私は和歌山出身なんでねえ、というので、和歌山のどこですかと聞くと、熊野ですと答えるので、中上健次と同じですねえと何の気なしに言ったところ、お客さん中上健次のファンなんですかと、身を後部座席に乗り出して興奮気味だったので、わたしは特にファンでもないけど、そうかなあ、なんてごまかしていたら、そうか中上健次はどうのこうのと、やはり同郷の著名人というのは感慨深いものがあるらしく、降りるときに、いい話ができたからと、運賃を100円まけてもらったということがあり、中上健次には足を向けて、というか、和歌山には足を向けて寝られない、とことがあって、まあ思い起こすことといえばそれくらい。

日中は暑いけど夜は窓を開けていると涼しい。
そんなつもりじゃなかったけど、連休日記になってしまった。