なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

いつも見るものとは違ふ冬の月

自宅の白壁にプロジェクターで投射した、映画『シングルマン』を観ながら、新しい年を迎えた。コリン・ファース演じるジョージが、拳銃で頭をぶちぬいて死のうとしているシーンで、近所の寺が一斉に、除夜の鐘をつきはじめた。闇から聞こえる鐘の音は、映画の中のジョージの絶望と重なって、この世の終わりにふさわしく聞こえたが、ジョージは死ぬことができなかった。まだ、この時には。
トム・フォードが撮った2作目『ノクターナル・アニマルズ』は、昨年観た新作映画の中ではトップクラスに面白かったが、やはりわたしはこの1作目『シングルマン』が、ひどく好きだ。何度繰り返し観ても飽きず、観る度に発見がある。
今このとき、記憶の中に、忘却の中に、過去の中に、未来がある。決して取り戻せないものの中に。

今日は、冬休み最後の日。始まればあとは終わるだけなのは、貴重な休日も退屈な会議も同じこと。何をしていても時間は同じに過ぎるのだ。いや、違うそうじゃない、時間は過ぎたりしないのだ、時間は…。と毎度考えることは同じ、とにかく現実問題は時間のことより、のび放題にのびすぎた自分のこの髪の毛だ。というわけで、憂鬱とふたり連れ、テクテクうねうねと街を歩いて、髪を切りに行った。時折、みぞれのようなものが降り、とても寒い。途中、小学生が2人ほど入りそうなスーツケースを転がして歩くカップル風の旅行者に、四天王寺までの道順を尋ねられる。韓国の人だった。そんな大きな荷物持って寺へ行くの?と、英語が全く出てこず、日本語で言ってみたが、サンキュー、ありがとう、と笑顔がかえってきただけで、通じなかった。というか、通じなかったのかどうかもわからなかった。サンキュー、気をつけて。四天王寺はいいところだよ。

美容室で髪を切っている間も、雨か雪かよくわからないものが降っていた。暖かい室内から眺める薄いグレイの空。今年の抱負は?と聞かれて答えられなかった。抱負なんてものはないし、考えようと思ったこともない。日本語でも言えないことはある。
レコードを買い過ぎないこと。観たい映画を見逃さないこと。読む本を買うこと。つまらないとわかっている飲み会にはいかないこと。時々はここに日記を書くこと…。

2017年、読んだり観たり聴いたりしたもので、心に残ったもの。本は、高村薫『土の記』、テジュ・コール『オープン・シティ』、カズオイシグロ充たされざる者』。映画は『立ち去った女』『ベイビー・ドライバー』『ムーンライト』。音楽はコーネリアス

12月の日記を書きたかったけど時間切れ、これからすき焼きの支度して、赤ワインを呑むのだ。今夜は、残念ながら、月は見えない。