なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

とどのつまりは午後の紅茶

今日は、だいぶ寒い。今年も満足な秋がなかった。温暖化ですなあ、とタクシーの運転手が言ってた。何でもかんでも温暖化のせいにするのってどうなのよ、と思うけど、黙って外の景色を見る。京都駅に向かう朝の国道沿いの道は人影もまばらで、年を追うごとに商売をやめた店が多くなっていってる気がする。家の前のゴミを箒で集め、ちりとりに入れているおばあさんの姿を、そんなことを考えながら見つめる。
タクシーに乗って、母と病院へ。今日は、日曜だから急患用の入り口から入る。母は、慣れた手つきで診察券を見せ、急患用の診察室に入って行った。子供の泣き叫ぶ声が、母が開けたドアの隙間から聞こえる。怖いよう、怖いよう。わたしだって怖いのに、子どもはどんなに心細いやろう、次は何をされるんやろうと思って処置されるベットの上で待つのは、どんなに恐ろしいやろうか、と言って、母は泣く。わたしは黙っている。人間とは儚いものだ。