なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

伝言ゲーム

少し早めに家を出て、早足で歩く。涼しい風が吹いて、歩くのも楽な季節になった。谷町筋松屋町筋の間の道をテクテク行って、寺の間の抜けて、長堀通りを越えてから、西へ下っていく。このルートが最も木の緑が多く車が少ない、歩きやすい道だ。目に入るところに花はないのに、金木犀の香りが漂ってくるのもこの時期特有のものだ。これで行き先が会社じゃなければ、本当に申し分ないのだが。
9月初旬に受けた試験の結果が合格だったと、今日知らされた。やる気もなかったし、引越しと母の入院手術が重なって、昇進試験のことなど心底どうでも良かった。全く勉強しなかったのに、よく受かったものだ、いったいどんな採点の仕方をしているのか。二次試験と称して、今度は面接がある。それまでに事前課題として提出しなければならないテーマが、メールで山と送られてきた。おまけに職務経歴書も書かねばならぬらしい。勘弁してくれよ、それってどんな書き方するんだったっけか。考えるだけでうんざりだ。
夕食はカルボナーラと、小松菜とトマトのサラダ、ガーリックトースト、一昨日からの残りの白ワイン。ワインは飲みきってしまった、また明日、新しいのを仕入れねば。
今日は、書店にも行った。行って、確認したことを伝えたかったが、結局はそうしなかった。なぜかはわからない。
心の中で、いろんな何かを思うとき、例えば今日のように、うんざりしたり、面倒だったり、朝、金木犀の香りに気持ちよくなったり、ワインが美味しかったりしたとき、その感じたそのままのことが、あなたへの報告の形をしていることがたびたびある。思念の中で、あなたに手紙を書いているみたいに。それは決してあなたに伝わることはないけれど、伝わった気がしている。少なくとも、そうしているときの自分は寂しくはない。たとえ、あなたがわたしを忘れても、わたしがこうして心の中で手紙を書き続けているかぎり、あなたはわたしの人生から出て行くことはないのだと思う。