なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

一週間

アルベルチーヌがいなくなってからの四日間、何とか耐えられたのは、おそらく「これは時間の問題にすぎない。週末には戻ってくるだろう」と自分に言い聞かせていたからだと思う。ただ、そうであっても私の心と体がしなくてはならないことに変わりはなかった。アルベルチーヌなしで生活し、彼女に会えないのに家に帰り、彼女のいない部屋のドアの前を通りながら、開ける勇気はなく、アルベルチーヌにおやすみも言わずに横になる。こうしたことを私の心はひとつひとつ果たさなくてはならなかったのだ。それも、アルベルチーヌと二度と会えなくなった日々にそうであるように。

1月31日(月) 
水たまりが凍っている。寒い冷たい月曜日の朝。テクテク歩いて会社に着いたら、始業の時間まで30分ほどあったので、ドトールプルースト『消え去ったアルベルチーヌ』(光文社古典新訳文庫)を読む。誰かの不在の超えられない寂しさに耐える練習をくり返そう。シュミレーションして、リピートする。大丈夫、と言い聞かせる。
わたしは、本を自分の読みたいようにしか読んでない。それでいいかと、思いもするけれど。
仕事は面白くもなかった。さっさと帰って、親子丼、和風ポトフスープとほうれん草のごま和えを作る。会社からパクってきた、日曜日の毎日新聞の書評を読む。
 
2月1日(火)
旭屋から電話がかかってきたので、退社後、御堂筋を大股で北上して、『みすず』読書アンケート特集号を買いに行く。ビアホールでマイスターを飲みながら、ざっと見て、一人足らないことを確認する。やっぱりな、でも、まあ、それはいい。今年は『パンとペン』だなあ。いっぱい挙がっている。コメントが涙でぬれているみたいだ。わたしはロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と、アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』が、とりあえずのところ気になったので、メモに書き出しておく。
帰宅してから『みすず』と一緒に買ったリディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(白水Uブックス)を読む。とても良い。

2月2日(水)
5時半に起きて、掃除とかたづけ。夜に、友人が遊びに来ると言っていたので、あまりに埃だらけなのもどうかと思って掃除機をかけたが、結局、友人は仕事が長引いて、来られなかった。
せっかく仕事先まで酒下げて行ってたのにさあ、と20時頃、電話がかかってきた。2本も持ってる、と言うので、酒だけバイク便か何かで送ってよ、と言ってみたが、断られた。
冷凍していたミートソースに茄子とトマトを追加してパスタにかけて食べる。それに、きゅうりとゆでたまごのサラダ、とキャンティ3杯。
Tが小津安二郎DVD集いうのを買ってくる。9作品もあって1980円、安い。そして、パッケージデザインがおそろしくダサい。干からびたみたいな笠智衆が笑っている。『長屋紳士録』を観ながら寝てしまう。

2月3日(木)
節分。母が巻き寿司をつくってくれたので、退社後、実家まで取りに行く。行って帰って、大阪の自宅に着いたのはちょうど21時だった。いわしを焼いて、生姜を刻み、コノスルのシャルドネを飲む。巻き寿司は、母がつくるお寿司の、いつもの味がして、とても美味しかった。
『荒涼館』2巻を読了。2巻の最後のほうになって、やっと物語にのっていけるようになった。あと2巻はグイグイすすめると思う。

2月4日(金)
午後、上司より別室呼び出し。今年受ける昇進試験のこと。去年は全く勉強しないまま受けたら、あっさり不合格だった。2点足らなかったそうだ。2点くらいオマケしてくれよ。落ちた時、何で勉強しなかったのだ、と聞かれたので、したくなかったから、と答えた。それがどれだけ自分に不利益をもたらそうとも、したくないことは絶対にするな、というのがおじいちゃんの遺言なんです、と言ったら、そうか遺言やったらしようがないな、と上司はため息をついていた。
今日は、今年もあの試験があるから今度こそは勉強してくれ、という懇願にも似た話だった。まあ気が向いたら、と答えておく。気が向くかなあ、だって、昇進なんかしたいか?どうでもいいわ、相撲の八百長と同じようなものだ、どうでもいいけど、問題にしないわけにはいかない。それよりもエジプトのこれからはどうなるんだ。
何もしないまま試験を受けるような実験はやめてね、と言われて部屋を出る。人生って実験じゃないのか。じゃ、何だ?わたしは大博打だと思っているが。
帰りに通りかかった古本屋で田村隆一『若い荒地』(講談社文芸文庫)を買う。

2月5日(土)
やっと休みだ。霞がかかったみたいに曇っていた一日。
茶屋町にできた丸善ジュンク堂というのに行ってみる。広いからたくさん本が置ける、というだけで、特にどうということはない。でも片山廣子『新編 燈火節』(月曜社)が買えて、うれしい。タワーでも、今朝、ウィークエンドサンシャシンでかかって、セカンドが出たのを知ったイメルダ・メイの『mayhem』を買う。イメルダ・メイは生きがいい。
テアトル梅田のレイトショウで『ウッドストックがやってくる』を観る。ウッドストックをモチーフにした若者の自立の物語。生きるって自分の足で歩くことだ、というのがメッセージではあるが、主人公の母親のキャラクター設定は強烈で、この人だけはウッドストック前も後も、自分の足で歩いている。途中、もうちょっとシェイプしてもいいんじゃないかと思えるシーンもいくつかあるが、この緩さがウッドストックを取り巻く時代の空気だったと思えば、それでいい気もする。
帰宅したら夜中。空には爪先みたいな三日月が、やっぱり霞んで見えていた。