なんでもよくおぼえてる

人生はからっぽである

you talkin’to me?

年の瀬の大阪。昼休み、堂島界隈を歩いていると、カレンダーがたくさんつっこまれた紙袋を手にした人々とすれ違う。きょうが仕事納めの人が多いのだろうな、わたしは違うけど。
会社でもノベルティとしてもらった来年のカレンダーをみんなで分け合っていた。壁掛け、卓上、ポスター型、日めくり。先日、テアトルで観た『もらとりあむたま子』でも、年末のある日、家中のカレンダーをかけかえるシーンがあって、とても良かった。年があらたまるって、カレンダーをかけかえることなのかもしれない。カレンダーをめくることで、今日と明日が違う日であることがわかる。わからせる。

帰り道。きらびやかなイルミネーションがなくなり、また人気のなくなった中之島を通る。公会堂と黒い川。阪神高速のオレンジの光と難波橋の暗いライオン。やっぱり中之島はこうでなくては。目をこらさないと先の道が見えないくらいの闇の中を歩きたい。
昨夜、忘年会から解放された後の終電の地下鉄で、エレンブルグの詩を読んでいた。山田稔が書いたエレンブルグについての文章が読みたくなって、夜中に本棚をかき回してみたけれど、どこに収録されているのか見つけられず、本日、天満橋ジュンク堂で書棚を眺めていたら、みすず書房の『別れの手続き』に入っていることがわかって、何でこの本がうちの家にないのかよくわからないのだけれど、そのことはあまり深く考えるのはやめ、とりあえず本を買った。この中の『生存者の悲哀』という文章が、たまらなく好きなのだ。

私は誰を呼んだらいいのか。生き残ったというこの悲しい喜びを、私はだれと分かち合ったらいいのか。ここでは水車小屋さえも目を閉じている。ここでは一人として知合いはなく、私のことを憶えていてくれた者たちからも、もうとうに、私は忘れられてしまった…

これはエレンブルグが回想しているエセーニンの詩句。

昨日は会社の忘年会だった。鶏を食べた。相変わらず、特に面白くも面白くなくもなかった。わたしと同じテーブルにいた5人の人は誰も、正月休みに私が観たいと言った『ゼロ・グラビティ』のことを知らなかった。衝撃的だった。決して多くは求めていないつもりだが。
ビール、赤ワイン、白ワイン、焼酎、地酒、ハイボール。たくさんの種類の酒が体内に入り、胃におりていく。わたしは充分、楽しそうにやれていた。どこに出しても笑顔だと認められる顔をつくっていた。
おまけによせばいいのに二次会まで行った。よくある個室居酒屋なのかと思えば、そこはカラオケがしつらえてあるのであった。喋ることがないから歌を唄うのか。本当に唄いたいのか、よくわからない。Yさんは、キャンディーズの引越しの歌をうたいます、と言って『微笑みがえし』をうたった。これって引越しの歌やったんや。わたしは『セーラー服を脱がさないで』をうたった。おばんになっちゃうその前に、おいしいハートを食べて。酔っ払って髪の乱れたT島さんが、いやあいい歌ですねえ、と言っていた。どこがええ歌やねん。

きょうは久々に、おうちでご飯をつくった。とりやさい味噌を使って、味噌鍋。白菜たくさん入れた。でたらめな料理でも、家で食べるごはんが一番おいしい。
わたしはカレンダーをもらわなかった。カレンダーがなくても、来年は来る。何もしなくても、じっとしていても、ぼうっとどこかを眺めているだけでも。